mathkyoproの日記

数学や競プロの問題を解説したりします。

三角関数の厳密値の表②

以下の記事の続きです。
mathkyopro.hatenablog.com


$3^{\circ}$ 刻みの三角関数の値が求まりましたが、どうせなら $1^{\circ}$ ごとの値を求めたくなります。$3^{\circ}$ 刻みの三角関数の値を求めるのと同じ要領で、$1^{\circ}$ での三角関数の値が分かれば良いです。
そのために $\cos 20^{\circ}$ の値を求めることを考えましょう。これが求まれば、$3$ の倍数である $21^{\circ}$ での値と合わせると、加法定理から $1^{\circ}$ での値を求めることができます。


三倍角の公式とカルダノの公式による $\cos 20^{\circ}$ の導出

三倍角の公式から、$\cos 20^{\circ}$ が満たす $3$ 次方程式が作れますが、$3$ 次方程式にはカルダノの公式という解の公式があるので、$\cos 20^{\circ}$ を求めることができるはずです。カルダノの公式はあまりに複雑なので、カルダノの解の公式を作る方法をたどり、$3$ 次方程式を解いていきます。$\theta = \pi / 9 \ (20^{\circ})$ と置くと、三倍角の公式から、
\begin{align}
& 4 \cos^3 \theta - 3 \cos \theta = \frac{1}{2} \\
& 8 \cos^3 \theta - 6 \cos \theta - 1 = 0 \tag{1}
\end{align} が成立します。一般の $3$ 次方程式では立方完成をして $2$ 次の項を消さなければならないのですが、この方程式はラッキーなことに元々ありません。カルダノの方法ではここで、
\begin{align}
\cos \theta = u + v \tag{2}
\end{align} とわざわざ二変数で置くのが肝です。これを元の式 $(1)$ に代入することで、
\begin{align}
& 8(u^3 + v^3) + 24uv(u + v) - 6(u + v) -1 = 0 \\
& 8(u^3 + v^3) -1 + 6(4uv - 1)(u + v) = 0 \tag{3}
\end{align} を得ます。式 $(3)$ の十分条件として、
\begin{align}
\begin{cases}
8(u^3 + v^3) -1 = 0 \\
4uv - 1 = 0
\end{cases} \tag{4}
\end{align} が取れます。今、$\cos \theta = u + v = 0$ は式 $(1)$ の解ではないことに注意してください。$2$ 次方程式の解と係数の関係から、式 $(4)$ を満たす $u, \ v$ に対して、$u^3, \ v^3$ は
\begin{align}
t^2 - \frac{1}{8}t + \frac{1}{64} = 0
\end{align} の解です。従って、$2$ 次方程式の解の公式から、
\begin{align}
u^3, \ v^3 = \frac{1 \pm \sqrt{3} \mathrm{i}}{16} \tag{5}
\end{align} を得ます。以上より、$1$ の原始立方根 を
\begin{align}
\omega = \frac{-1 + \sqrt{3} \mathrm{i}}{2}
\end{align} と置くと、
\begin{align}
(u, \ v) = \left( \frac{1}{2} \sqrt[3]{\frac{1 + \sqrt{3} \mathrm{i}}{2}}, \frac{1}{2} \sqrt[3]{\frac{1 - \sqrt{3} \mathrm{i}}{2}} \right), \\
\left( \frac{\omega}{2} \sqrt[3]{\frac{1 + \sqrt{3} \mathrm{i}}{2}}, \frac{\omega^2}{2} \sqrt[3]{\frac{1 - \sqrt{3} \mathrm{i}}{2}} \right), \\
\left( \frac{\omega^2}{2} \sqrt[3]{\frac{1 + \sqrt{3} \mathrm{i}}{2}}, \frac{\omega}{2} \sqrt[3]{\frac{1 - \sqrt{3} \mathrm{i}}{2}} \right) \tag{6}
\end{align} が式 $(4)$ の解です。式 $(4)$ の第 $2$ 式から、$u, \ v$ それぞれの $3$ 乗根の前についている数が、かけると $1 / 4$ にならないといけないですが、$\omega^3 = 1$ であるので、全ての組でそれが満たされていることに注意してください。式 $(6), \ (2)$ から、式 $(1)$ の解は
\begin{align}
\cos \theta = & \frac{1}{2} \left( \sqrt[3]{\frac{1 + \sqrt{3} \mathrm{i}}{2}} + \sqrt[3]{\frac{1 - \sqrt{3} \mathrm{i}}{2}} \right) \\
& \frac{1}{2} \left( \omega \sqrt[3]{\frac{1 + \sqrt{3} \mathrm{i}}{2}} + \omega^2 \sqrt[3]{\frac{1 - \sqrt{3} \mathrm{i}}{2}} \right) \\
& \frac{1}{2} \left( \omega^2 \sqrt[3]{\frac{1 + \sqrt{3} \mathrm{i}}{2}} + \omega \sqrt[3]{\frac{1 - \sqrt{3} \mathrm{i}}{2}} \right) \tag{7}
\end{align} です。$3$ 次方程式の解は $3$ つあり、$3$ つ解が見つかったので、これで全てです。

このうちどれが $\cos (\pi / 9)$ であるかは後で見ることにして、これで厳密解が求まったのでしょうか。実数のはずなのに、虚数が表式に含まれていますが…


実は、
\begin{align}
\cos \left( \frac{\pi}{9} \right) = \frac{1}{2} \left( \sqrt[3]{\frac{1 + \sqrt{3} \mathrm{i}}{2}} + \sqrt[3]{\frac{1 - \sqrt{3} \mathrm{i}}{2}} \right) \tag{8}
\end{align} です。このことは、以下のように変形するとわかります。
\begin{align}
\frac{1}{2} \left( \sqrt[3]{\frac{1 + \sqrt{3} \mathrm{i}}{2}} + \sqrt[3]{\frac{1 - \sqrt{3} \mathrm{i}}{2}} \right) = \frac{1}{2} \left( \sqrt[3]{\exp \left( +\mathrm{i} \frac{\pi}{3}\right)} + \sqrt[3]{\exp \left( -\mathrm{i} \frac{\pi}{3}\right)} \right)
\end{align} 複素数の性質、あるいはド・モアブルの法則から、*1
\begin{align}
\sqrt[3]{\exp \left( \pm \mathrm{i} \frac{\pi}{3}\right)} = \exp \left( \pm \mathrm{i} \frac{\pi}{9}\right)
\end{align} であって、
\begin{align}
\frac{1}{2} \left( \sqrt[3]{\frac{1 + \sqrt{3} \mathrm{i}}{2}} + \sqrt[3]{\frac{1 - \sqrt{3} \mathrm{i}}{2}} \right) = \exp \left( + \mathrm{i} \frac{\pi}{9}\right) + \exp \left( - \mathrm{i} \frac{\pi}{9}\right) \tag{9}
\end{align} です。式 $(8)$ に式 $(9)$ を代入すると、
\begin{align}
\cos \left( \frac{\pi}{9} \right) = \exp \left( + \mathrm{i} \frac{\pi}{9}\right) + \exp \left( - \mathrm{i} \frac{\pi}{9}\right) \tag{10}
\end{align} となります。しかしこれはそもそもオイラーの公式
\begin{align}
\exp \left( \pm \mathrm{i} \frac{\pi}{9}\right) = \cos \left( \mathrm{i} \frac{\pi}{9}\right) \pm \sin \left( \mathrm{i} \frac{\pi}{9}\right)
\end{align} から自明です。つまり、せっかく頑張って $3$ 次方程式を解きましたが、式 $(8)$ はほとんど自明な式です。

式 $(8)$ は、虚数を含んでおり、実際の値を計算するのに何の役にも立たない上にほとんど自明な式であり、厳密解と呼べる代物ではなさそうです。

それでは他の方法では厳密解は求まるのかという話ですが、残念ながら有限個の有理数と四則演算と$2$ 乗根と $3$ 乗根の組み合わせで、虚数を用いずに $\cos \left( \frac{\pi}{9} \right) $ を表すことは不可能であることが証明されているようです。



作図可能性について知られている事実

正 $n$ 角形の定規とコンパスによる作図可能性については良く知られていますが、正 $n$ 角形の $1$ 辺の長さは $\cos( 2 \pi / n)$ なので、正 $n$ 角形が作図可能であるということは、$\cos( 2 \pi / n)$ が作図可能であるということです。さらに、ある数が作図可能であるとき、その数は有限個の有理数と四則演算と$2$ 乗根の組み合わせで表せるということが証明されています。さらに以下の事実が知られています。
\begin{align}
& 正 \ n \ 角形が作図可能 \Leftrightarrow \\
& 非負整数 \ m \ と \ k \ (\ge 0) \ 個の \text{フェ} \text{ルマー} \text{素} \text{数} \ p_1 \cdots p_k \ を用いて \ n = 2^m p_1 \cdots p_k \ と書ける
\end{align} フェルマー素数とは、非負整数 $l$ を用いて $2^{2^l} + 1$ と書ける素数です。小さい方から $5$ 個をあげると、$3 \ (l = 0), \ 5 \ (l = 1), \ 17 \ (l = 2), \ 257 \ (l = 3), \ 65537 \ (l = 4)$ です。因みに、$l \le 4$ では常に素数であり、フェルマーは $2^{2^l} + 1$ は常に素数であると主張しましたが、$l = 5$ は合成数であることが後に示され、その主張は誤りであることが分かっています。
この定理を見ると、$n$ の素因数のうち $2$ はいくつあってもよく、特に $n$ 角形が作図可能なら $2n$ 角形も作図可能であることが分かりますが、これは、角の $2$ 等分が常に可能であることに対応しています。

さて、$\cos( 2 \pi / 120) \ (\cos 3^{\circ})$ は有限個の有理数と四則演算と$2$ 乗根の組み合わせで表されており、作図可能でしたが、実際 $120 = 2^3 \times 3^1 \times 5^1$ であり、上の定理の条件の通り $n$ が $2$ の冪乗とフェルマー素数の積で書かれています。一方、$\cos( 2 \pi / 360) \ (\cos 1^{\circ})$ は有限個の有理数と四則演算と$2$ 乗根の組み合わせで表されませんが、実際 $360 = 2^3 \times 3^2 \times 5^1$ であり、上の定理の条件を満たしていません。$3$ の冪が $2$ であることに注意してください。つまり、正 $360$ 角形は作図不可能であり、従って $\cos( 2 \pi / 360) \ (\cos 1^{\circ})$ も作図不可能です。$\cos( 2 \pi / 18) \ (\cos 20^{\circ})$ についても、$120 = 2^1 \times 3^2$ であり同様です。

作図不可能な数は、有限個の有理数と四則演算と$2$ 乗根の組み合わせで表されませんが、恐らく$3$ 乗根を許しても、虚数を許さない限りは表されるようにはならないのだと思います (未確認)。いずれにせよ、$\cos( 2 \pi / 360) \ (\cos 1^{\circ})$ や $\cos( 2 \pi / 18) \ (\cos 20^{\circ})$ は、有限個の有理数と四則演算と$2$ 乗根と $3$ 乗根の組み合わせで厳密値を与えることは不可能であり、厳密値が書ける弧度法で整数の角度は、$3^{\circ}$ の倍数の角度だけです。











*1:一般に $3$ 乗してある複素数になる複素数は $3$ つあり、どれを $3$ 乗根とするかが問題になりますが、自然に、$3$ 乗根は偏角が $1 / 3$ である複素数を $3$ 乗根とします。