mathkyoproの日記

数学や競プロの問題を解説したりします。

72 の法則


投資の世界で $72$ の法則というものが使われることがあります。ファイナンシャルプランナーから聞いたり、新入社員研修で耳にしたりしたことがある人もいるかもしれません。これは、$$\mbox{資金が 2 倍になるのに要する期間 (年)} \approx \frac{72}{\mbox{年利 (%)}} \tag{1}$$

というものです。すなわち、複利で、年利 $1\%$ で運用すれば $72$ 年で $2$ 倍になり、$3\%$ で運用すれば $24$ 年で $2$ 倍になるというものです。この法則に関して考えてみましょう。年利 $r \%$ で運用して $N$ 年で $2$ 倍になったものとすると、$$ \left(1+\frac{r}{100} \right)^{N} = 2$$ が成立します。両辺自然対数をとって、$$N \ln \left( 1 + \frac{r}{100} \right) = \ln 2$$ なので、$$N = \frac{\ln 2}{\ln \left( 1 + \frac{r}{100} \right)} \tag{2}$$ を得ます。ここで $x \ll 1$ において、$\ln (1 + x) \approx x $ と近似できるので、$(1)$ から、$$N \approx \frac{100 \ln 2}{r}$$ を得ます。$\ln 2 \approx 0.693$ なので、$$N \approx \frac{69.3}{r} \tag{3}$$ となります。$(3)$ は $(1)$ と異なっており、$69.3$ の法則となっています。1つの考え方としては、$(3)$ から求められる期間から少し多めに見積もることにして、分子を約数が多い $72$ にして $(3)$ を $(1)$ にして計算しやすくしたということができます。しかし別の考え方としては、$\ln (1 + x) \approx x $ は $\ln (1 + x)$ をやや過大評価しているので、$(2)$ の分母を過大評価して求めた $(3)$ は $N$ をやや過小評価していることから、その分を補正して $69.3$ を少し増やして $72$ にしたということもできます。


そこでもう少し良い近似を考えます。$\ln (1 + x) = x - \frac{1}{2}x^{2} + O(x^{3}) $ なので、$(2)$ から、
\begin{split}
N &= \frac{100 \ln 2}{r} \frac{1}{1 - \frac{1}{2} \frac{r}{100} + O \left( \left(\frac{r}{100} \right)^{2} \right)} \\
&= \frac{100 \ln 2}{r} \left( 1 + \frac{1}{2} \frac{r}{100} + O \left( \left(\frac{r}{100} \right)^{2} \right) \right)
\end{split}
を得るので、$$N \approx \frac{69.3}{r} \left( 1 + \frac{1}{2} \frac{r}{100} \right) \tag{4} $$ となります。$\frac{1}{2} \frac{r}{100}$ の項が、$(3)$ で過小評価されていた分です。今度は、分子が利率 $r$ に依存してしまっており、$69.3 \times \left( 1 + \frac{1}{2} \frac{r}{100} \right) $ の法則となってしまいました。これではややこしいので定数にしたいところです。そんなに高い利率の投資はないので、やや恣意的ですが、例えば年利 $15 \%$ までの範囲を考えることにします。間を取って中間の $r = 7.5$ を入れておくと、$$69.3 \times \left( 1 + \frac{1}{2} \frac{r}{100} \right) = 69.3 \times \left( 1 + \frac{1}{2} \frac{7.5}{100} \right) \approx 71.9$$ となり、大体 $72$ の法則が得られます。

最後に、近似の精度を見てみましょう。

年利 (%) $69.3$ の法則による期間で資産が何倍になるか $72$ の法則による期間で資産が何倍になるか $(4)$ で計算した期間で資産が何倍になるか
1 1.99 2.05 2.000
2 1.99 2.04 2.000
3 1.98 2.03 2.000
4 1.97 2.03 2.000
5 1.97 2.02 2.000
6 1.96 2.01 2.000
7 1.95 2.01 2.000
8 1.95 2.00 2.000
9 1.94 1.99 2.001
10 1.94 1.99 2.001
11 1.93 1.98 2.001
12 1.92 1.97 2.001
13 1.92 1.97 2.001
14 1.91 1.96 2.002
15 1.91 1.96 2.002

$69.3$ の法則では、期間が過小評価されているので、実際には資産が $2$ 倍よりやや低い値にしか到達していないことが分かります。また、年利が大きくなるほど、誤差が大きくなっています。一方、$72$ の法則は、上記でみたように $7.5 \%$ で最もよく合うようにしたので、実際 $7 \%, \ 8 \%$ で最もよく合って $2$ 倍に近くなっており、それより小さな年利ではやや期間が過大評価されて資産が $2$ 倍より大きくなっており、大きな年利ではやや期間が過小評価されて資産が $2$ 倍より小さくなっていることが分かります。
最後に $(4)$ のややこしい式ですが、この列だけ有効数字を $4$ 桁で表示しています。この利率範囲では $(4)$ は極めてよく合っていることが分かります。ごくわずかに期間が過大評価であり、利率が大きくなると、資産が $2$ 倍より僅かに大きくなっています。


$2$ 倍になるのに要する期間の厳密解に対する比率を、それぞれプロットすると以下のようになっています。

2 倍になるのに要する期間 厳密解に対する比率

$(4)$ はほぼ厳密解と一致しているため、$1$ に張り付いていますが利率が大きいとごく僅かに過大評価の方向にずれていっています。$69.3$ の法則は、利率が大きいほど過小評価の方向にずれていっています。$72$ の法則はそれを上にシフトさせた線となっています。
結論としては、$72$ の法則は、$69.3$ の法則の線を上にシフトすることで、この利率範囲で、$69.3$ の法則と比較して平均的な誤差の絶対値を小さくできており、非常に簡単な近似式でそれなりにうまくいっていることが分かります。